Oublie
"Oublie ton identité"
forget your identity.
むかしむかし、ある村には、村外れのお屋敷に魔女が住んでいるという噂話がありました。村人たちはみんな、口を揃えてそこに近づいてはいけないといいます。お屋敷に住んでいるのはおそろしい力を持つ悪い魔女で、呪いの力で人々を人形に変えてしまうのだというのです。しかし、村娘のアリアは好奇心旺盛で、危険だと言われるほど、お屋敷のことが気になって仕方ありませんでした。
ある夜のこと、アリアはこっそり家を抜け出して、そのお屋敷が本当にあるのか、たしかめに行くことにしました。夜道は真っ暗なので、おばけが出ないように祈りながら、おっかなびっくり進んでいきます。すると、だんだん霧が濃くなってきました。
「大変。道に迷ってしまうわ」
アリアは困って、辺りを見回しました。するとどこからか、一羽の大きなカラスが飛んできて、彼女の前でとまりました。そして、まるで道案内をするかのようにゆっくりと飛んでいきます。
「ついていけばいいの?」
アリアはちょっぴり心配しつつ、カラスについて歩いてみることにしました。どのくらい経ったでしょう。もうずいぶん歩いたころ、目の前にちいさなお屋敷が現れました。カラスはそこまで来ると満足したのかどこかへ飛び去ってしまいました。
「本当にあったのね」
アリアは、ついにうわさのお屋敷にたどり着いたのでした。
そのときでした。お屋敷の扉がぎいっと音を立てて開き、中から女の子が顔を覗かせました。白い髪を長く伸ばした女の子は、アリアをひと目見ると、手招きをしました。
「いらっしゃい」
アリアは恐る恐る、お屋敷の中に入ってみることにしました。薄暗い廊下には絵や置物が丁寧に飾られていましたが、なかにはへんてこでよく分からないものもありました。女の子が案内してくれた部屋は、暖炉がついて暖かな広い部屋です。部屋の中はほのかに明るく、お菓子の甘い匂いがしていて、アリアは少しほっとしました。
「あなたは誰?」
「リリー。」
「リリーは、魔女なの?」
アリアが尋ねると、リリーは何も答えない代わりにぱちんと指を鳴らしてみせました。するとどうでしょう、さっきまで何もなかったテーブルの上に、温かい紅茶のカップがふたつ、どこからともなく現れたのです。
「召し上がれ。」
「まあ、魔法ね!」
アリアは驚いて声を上げると、息を吹きかけて紅茶を冷ましてから、恐る恐るひとくち飲んでみます。
「おいしいわ、リリー。どうもありがとう」
「遊びに来てくれたお礼よ」
(次回更新予定:4/15)